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教えと気づき

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私の調教では「教え」よりも「気づき」に重きを置く。

調教は「教え」「調える」と書く。
愛奴として身につけるべき事を教え、調える。

ちなみに「調える」には「まとめる」と言う意味がある。
「教えをまとめる」
つまり、教えを訓練してまとめあげると言う事だ。

調教処女のM女性にとってSMの世界は興味を持っていても、未経験の知らない世界。
その為に主の教えに従い、身につけていくと言う意味では確かにその通りだと思う。

ただ、私は教えを、一方的に記憶させるだけでは物足りない。
M女性はみんなそれぞれ、違う感性を持っている。

羞恥調教に心震わせる女性。
被虐調教に存在を実感する女性。
屈服調教に安らぎを覚える女性。
・・・・

もちろん、どれか一つに属すると言う意味ではない。
複数の感性を持ち合わせる事がほとんどだ。

ただ、調教処女のほとんどは自分の個性や感性に気づいていない。
それは当然の事だ。
まだ未経験なわけだから。

どんなに美味しい料理であっても、食べた経験が無ければ、その料理の魅力に気づけるはずがない。
何の期待もせずに、食べた料理が思いのほか、「自分の口に合う」と言う事は良くある話だ。
SMの世界も全く同じ事。

未経験のM女性が経験した事が無い調教に対して、自分の感性に合うのか、合わないのか、分かるはずもない。
そういう意味では、私の好みを一方的に「教える」と言うよりも「気づかせてやる」方がよりSMの世界を楽しめると思うだ。

その為に私は目の前に人参をぶら下げてやる。
その時に、心はどう動き、身体はどう反応するか?
M女性を観察する。
そして、M女性自身に素直に行動させる。

そうする事で、M女性は自分が思いもしなかった行為に反応する自分に気づく。
こうして、自分では知らなかった自分を自覚するわけだ。

調教と言えば、S男性が「上から目線でしたいように弄ぶ」と思っている女性も多いかもしれない。
実際、そんなS男性も少なくないのは事実だ。

だが、私の場合はそんな調教には興味が無い。
M女性の多様性を引き出すほうが何倍も楽しい。

そういう意味では調教と言うよりも「M性の開発」と呼ぶ方が近いような気もする。

そして、M女性が自分の隠された嗜好に気づいた後は、深い悦びを得られるように身体に快感を刻み込む。
その時は私もたっぷりと楽しませてもらう。

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Posted byyuru

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